まえがき
本書フランシスカン原典資料の出版にあたり、イタリアのフランシスカン管区長達は、一つの明確な目標を掲げました。すなわち、イタリアにおける初めての原典編纂となるこの作品を、完全な情報源として誰もが手軽に利用できるものにする、というものです。そうした目標を支えているのは、フランシスカンの源流についての理解を深めることが、現在の姿を理解し、それに参加する上で最も実りのある方法の一つであり、また未来に向けての行動の前提や裏付けにもなるという認識です。
編集理念の新しさだけでなく、資料・素材の充実ぶり――それらは、フランシスカンの専門家グループが、ミラノ・カトリック大学エツィオ・フランチェスキーニ教授の指導のもとで叡智と情熱をかたむけて集めたものです――においても、本書の企画および編纂は画期的な試みといえます。
しかし、本書の価値や意義は、そうした充実した資料だけにあるわけではありません。本書をまとめるうえで発揮された高度な専門能力が、最新の研究成果に触れてフランシスカンについての知識をより深め、広げたいと願う読者にとって、大きな助けとなるでしょう。
本書は、アシジのフランチェスコの行いや原フランシスカニズムに惹かれ、興味を寄せる人、またそれを理想とし、指針とする人――その立場や動機はどうであれ――に向けられたものであり、今回の出版企画が当今の文化的潮流と新たな熱情から生まれたことを証しています。
こうした点を考え合わせるなら、『フランシスカン原典資料』という書名も、多様な姿をもつフランシスカンの世界に――何世紀もの比較考量の時代を経て――今もなお力強い、明確な、一貫した方向性を与えている文学的史料に対して、慣習的に与えられ続けている数多くの題名の中で、最も相応しいものと言うわけではありません。
それは単なる歴史的資料というよりは、ひとりの「師」の教えと模範にそってひとつの大きな宗教運動があゆんできた世界を支える、生きた「礎石」と見ることができます。師であるフランチェスコは、「貴婦人である清貧(マドンナ・ポヴェルタ)」と結婚の契りを交わしながらも、私達の住むこの「母なる大地」の美しさ、流動する人々の社会、辛苦に彩られた地道な日々の営みを、否定したりはしませんでした。熱気を帯びた社会の動きが大都市から小さな町や村にまで広がっていった時代にあって、人々は路傍で、あるいは市民生活の中核でそうした地道な暮らしを営んでいたのです。
フランチェスコは商人や吟遊詩人達と競うかのように、貧者の自由を選び取り、当時の庶民の生活の中に自ら身を置き、いにしえの福音の種を撒き、「世の高貴さ、尊大さ、煌びやかさ、力、知恵」を打ち砕く(小さき花10章)模範を示したのです。人間のまことの姿を否定することのなかったフランチェスコは、13世紀初頭の社会に生きる人々に、もう一つの智恵の道、もう一つの行いの道を指し示したのです。
聖フランチェスコ没後750周年の記念出版物である本書『フランシスカン原典資料』 は、「貧しき者(ポヴェレッロ)」の弟子たちにとってとりわけ特別な意味を持つ奉祝事業の数を増やすためのものではなく、現代社会に福音のメッセージを説くために力を尽くしている人々に、有意義な道具を提供することを目的としています。事実、道徳的な――或いは道徳とは離れた――指針が増加の一途をたどり、ますます複雑化する社会の中でそれらが分かちがたく絡み合っているこの現代だからこそ、フランチェスコの体験は、13世紀と同じようにその意義と価値を保ちつづけているのだといえます。
本書には、アシジのフランチェスコの生涯、事績、作品、およびフランシスカンの活動に関する資料のほか、アシジのクララについても多くの紙幅が割かれています。第四編には「師」の精神の忠実な実行者であったクララに関する文書が集められていますが、これらはフランチェスコの教えを理解するための助けとなるでしょう。
このまえがきを締めくくるにあたり、フランシスカン管区長一同は、序文の執筆者や翻訳者はもとより、本書の成立に深く関わった方々の努力と支援について触れずにいることはできません。本書の企画の推進と普及にあたるなかで、常に力強いはげましを与えたエルネスト・カローリ師。疲れを知らない総合的な調整役として叡智をかたむけ、時には作業の遅れを辛抱強く見守りながらも、だれよりも心を砕き、労苦を惜しまなかったミラノ市フランシスコ会図書館の、フェリチャーノ・オルジャーティ師。またウーゴ・ガンベリーニによる文献の校閲作業は、質の高い出版物の前提であり、裏付けでもありました。更に、作品にとって不可欠の人名・地名・項目索引や主要原文間の対照表の作成、文書の校正など、大切な仕事に熱意をもって携わった方々。そうしたすべての方々の尽力に対して、心より感謝いたします。
1977年6月29日 、アシジにて。
フランシスカン修道会
管区長一同